福島原発のメルトダウンに隠された真相は完全なる奇跡

2011年3月11日(金)に東日本大震災がありました。強い地震で、津波も含めると東日本に大きな爪跡を残したのは記憶に新しいことでしょう。ただ、それ以上に、福島原発のメルトダウンによる影響が大きかったのは事実です。2~3年程前になるでしょうか、福島原発の真相を当時の責任者だった人物から聞きましたので、詳しくご紹介しようと思います。

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東日本大震災直後の福島原発について

東日本大震災が起きた時刻は、3月11日14時46分18秒ということが公(おおやけ)に知られています。

では、福島原発に津波が到達したのはいつか。東京電力の資料によると、3月11日15時37分06秒頃のようです。つまり、この頃に予備電源が喪失してしまい、メルトダウンへのカウントダウンが始まったと考えられます。

予備電源が喪失した直後、記録によると東京電力は約1時間程確認作業をし、原子力災害対策特別措置法に基づいて政府に連絡を入れました。この時は、まだ誰もメルトダウンが起きていると考えていなかったようです。

しかし、3月11日の20時~21時頃に分かったことですが、この連絡が入った頃には既にメルトダウンどころか、メルトスルーまで起こっていたのです。

福島原発

福島原発  (出典)反中、反米、反公明の右よりドクター

実は一番深刻だったのは福島原発4号機だった!

当時、福島原発には1号機~6号機まで6つの原発がありました。

1号機~3号機までが東日本大震災の時に稼動しており、4号機~6号機までは点検作業で停止中でした。未曾有の危機で、人類が経験したことのない事態だったこともあり、当時、報道で大きく取り上げられていたのは、1号機~3号機の状況でした。

実際、1号機~3号機は、建屋の屋根が水素爆発で吹っ飛び、メルトダウンもメルトスルーも起こっています。物凄くヤバイ事態に違いはありませんが、メルトスルーは原子炉収納容器を突き抜け、地中深くまで溶けた核燃料が突き抜けるため、地下水や土壌は汚染されても、空気中が大きく汚染されることはなく、ある程度の封じ込めが可能です。(誰も突き抜けた実物を見ていないため定かではないですが、1号機~3号機の下にあるコンクリートは突き抜けているようなので、10m以上は突き抜けているようです。)

しかし、アメリカ政府や日本政府は、実は福島原発4号機が一番ヤバイと思っていたのです。どの位ヤバイかというと、4号機を食い止めないと福島原発から300km圏内、つまり東京や横浜を含めた地域が全て住めない土地になってしまうという認識だったのです。

その最大の懸念材料だったのが、福島原発4号機にあった燃料プールです。

燃料プール

燃料プール  (出典)ガジェット通信

アメリカ政府が最も知りたかった情報は、福島原発4号機の燃料プールに水が入っているか、入っていないかということ

覚えているでしょうか?自衛隊のヘリコプターが、水を汲んで原発に放水していた光景を。

多くの人が、「政府はバカだろ、そんなの意味ない」と思っていたようですが、実はあの時の本当の目的は福島原発4号機の燃料プールに水が入っているか目視で確認することにあったのです。その確認を悟られないために、あのような作戦を行ったのです。

もし、プールに水が入っていなければ、東京を含めた東日本は終了、そして日本の経済は終了でした。何故なら、放射能を封じ込めることが不可能な量の燃料棒だったためです。

実際は、燃料プール内に水が入っていることをヘリコプターから確認できたため、最悪の事態は避けられることになりました。

自衛隊のヘリコプター

自衛隊のヘリコプター  (出典)動画でお散歩。。。

いくつもの奇跡が重なった!福島原発4号機がメルトダウンしなかった本当の理由

この事実は後になって分かったことで、いくつもの奇跡が重なった驚きの真相です。

これは2011年3月10日(木)に遡ります。本来の予定では、東日本大震災の前日の3月10日に福島原発4号機は、燃料プールから燃料棒を格納容器に移し始める予定でした。

燃料棒を燃料プールから格納容器に移す場合、燃料プールと格納容器の間にある扉を開け、格納容器と燃料プールに水を満たし繋げます。そして、水中で燃料棒を移すのです。

しかし、とある理由により作業は遅れ、格納容器に水は満たされておらず、格納容器と燃料プールの間の扉は閉まったままだったのです。

もし、作業が遅れていなかったら…燃料プールの水は無くなり、日本終了だったのです。

福島原発4号機

4号機のイメージ図  (出典)i-Mart

燃料棒を格納容器に移す予定が遅れてしまった理由、それはまさに奇跡のできごとだった!

2011年3月10日、あるベテラン作業員(以下、作業員Aとする)は前日から体調が悪かったようで、何度もトイレに駆け込んでいました。重要な作業は監督し、簡単な作業を部下(以下、作業員Bとする)に任せていたようです。

しかし、ここで仕事を任された作業員Bはミスをします。大きなミスではなく、簡単なミスですが、扱うものが燃料棒なので、ミスをすると自動的にロックがかかる仕組みになっていたそうです。

作業員Aの体調が悪いこともあり、現場責任者は4号機の燃料プールから燃料棒を格納容器に移す作業を先送りにする決断をしました。この決断が奇跡的に日本崩壊を防いだのです。

後になって分かったのですが、この作業員Aは、実は体調は悪くなかったそうです。決して報じられないことですが、結果だけ言えば、仕事をサボったということになります。

では、なぜ仕事をサボったのか。それは、強引にでも作業員Bに一連の作業をやらせてあげたかったからと言われています。

作業員Bの話によると、東日本大震災が起こる3日程前に、作業員Aに対して「俺、彼女に『ついに核燃料棒を1人で移す作業を任せてもらえるようになったんだ』と言った」という話をしたそうです。それは、前回、作業員Aが作業員Bに対して、「次回は任せる」みたいな内容を話したからだそうです。

しかし、現場監督から出た指示は、作業員Aが大部分の作業をし、作業員Bがサポートをするという内容でした。そのため、作業員Aは、強引にでも作業員Bに作業を任せるような形にしたようです。

結果として、作業員Aのこのサボりと、作業員Bの仕事のミスが重なり、日本は救われたのです。

下痢

作業員Aは40代で離婚歴がある人でした。20歳前後の子供がいて、親権は元妻が持っています。作業員Bは、20歳前後の男性です。

きっと作業員Aは、自分の息子のように作業員Bに接していたのでしょう。

 泣く男性

東日本大震災があった日、作業員Aは亡くなりました。

建物の2階や3階で仕事をする機会が多かったそうですが、この時間は前日に作業員Bに仕事を振りミスに至った始末書を書くために、計測器のある地下にいたそうです。

決して報じられない話ですが、日本が救われた裏には、このような奇跡が重なった驚きの裏話があるのです。

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